【科学】幼少期の栄養制限が、大人になってからの寿命を延ばす仕組みの一端を解明――理化学研究所

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「子どもの頃の食生活が、その後何十年もの健康を左右する」という考え方は、疫学の分野で「DOHaD(ドーハッド)仮説」などとして以前から知られてきました。しかし、幼少期の栄養状態がなぜ長期間にわたって体に影響を及ぼすのか、その分子レベルの仕組みは十分にはわかっていませんでした。2026年9月24日、理化学研究所(理研)の研究グループが、ショウジョウバエを用いた実験でこの謎の一端を明らかにした成果を科学誌Natureに発表しました。子どもの頃に摂った栄養がどのように体内に「記憶」され、大人になってからの体づくりに使われるのかを示す興味深い内容です。

実験:幼虫期だけ、食事を変える

研究グループ(理研 生命機能科学研究センター 栄養応答研究チームの小幡史明チームディレクター、小坂元陽奈氏ら)は、ショウジョウバエの幼虫期だけタンパク質を制限した餌を与え、成虫になってからは通常の餌に戻して一生飼育する実験系をつくりました。完全合成餌による栄養の操作、代謝の分析、安定同位体(質量は異なるが化学的性質はほぼ同じ原子)を使った栄養の追跡、遺伝学的な手法を組み合わせています。

結果1:寿命は最大で約2割延びた

幼虫期だけタンパク質を制限すると、成虫になって通常の餌を食べ続けても、寿命が最大で2割ほど延びました(オス・メスの両方で確認)。完全合成餌で幼虫期のアミノ酸の摂取だけを制限した場合も、最大で2割ほどの延長が見られました。一方で、成虫の体は1割ほど小さくなり、メスの産卵数は3割ほど減っており、寿命の延長は成長や生殖とのトレードオフを伴う点には留意が必要です。

幼虫期タンパク質制限の寿命・体格・産卵数への影響
図:寿命は延びた一方、体は小型化し産卵数も減った(理研の発表の概数をもとに作成)

結果2:幼虫期のアミノ酸は、大人になっても体の材料として残っていた

安定同位体で標識したアミノ酸(タンパク質の材料)を追跡すると、幼虫期に取り込まれたアミノ酸は成虫になっても多くのタンパク質の構成成分として残っており、成虫6日齢の時点でも、全タンパク質の約半分が、幼虫期に取り込まれたアミノ酸を材料にしてつくられていました(解析には、細胞分裂の影響が少ない頭部を使用)。特に、細胞内でタンパク質を合成する装置「リボソーム」の部品に、幼虫期のアミノ酸が多く使われていました。幼虫期に栄養制限を受けたハエでは、成虫初期のリボソームが減り、タンパク質を合成する力(翻訳活性)も下がっていました。この低下は最初の1週間ほどに限られ、14日齢では差がなくなっています。研究グループは、この適度な翻訳の抑制が、寿命延長の主要な経路だと考えています。

結果3:鍵は貯蔵タンパク質「Lsp2」

幼虫期に取り込まれたアミノ酸は、貯蔵タンパク質「Lsp2」として体内にとどまり、成虫初期にリボソームを新たに作る材料として再利用されていました。幼虫期にタンパク質を制限すると、このLsp2の量が減り、その減少は成虫初期まで続きます。遺伝子操作(ノックダウン)でLsp2だけを減らすと、栄養制限をしたときと同じようにタンパク質合成が低下して寿命が延び、しかも成長や生殖にはほとんど影響が見られませんでした。研究グループは、Lsp2が寿命の制御の中心的な役割を担うと結論づけています。

Lsp2は、チロシンやフェニルアラニンなどの芳香族アミノ酸を豊富に含みます。幼虫期にこれらのアミノ酸のどちらか一方だけを制限した場合でも、Lsp2の減少と寿命の延長が再現されました。研究グループは、貯蔵タンパク質が幼少期の栄養状態を「記憶」し、その情報を成虫期まで持ち越して寿命を制御するという、新しい仕組みを提唱しています。

幼少期の栄養が大人の寿命に影響するまでの流れの模式図
図:幼虫期のタンパク質制限から寿命延長までの流れ(理研の発表と原著論文をもとに編集部が作成した模式図)

DOHaD仮説とヒトへの示唆

この成果は、「胎児期や乳幼児期の栄養状態が、成人後の生活習慣病などのリスクに影響する」とするDOHaD仮説の分子メカニズムを考えるうえで、新たな手がかりを示す研究として注目されます。ヒトにそのまま当てはまるかどうかは今後の検証が必要ですが、栄養状態と老化の関係を分子レベルで理解する手がかりになると期待されます。

理研は、アミノ酸の貯蔵量の低下が「栄養の減少(腹八分目)」として体に認識される可能性や、ヒトの血液中に多いアルブミンやグロブリンなど、似た働きをする可能性のあるタンパク質にも言及しています。ただし、哺乳類で同様の仕組みがあるかどうかは今後の検証課題で、ショウジョウバエの結果をそのままヒトの食事に当てはめることはできません。

用語メモ

  • DOHaD(ドーハッド)仮説:胎児期や乳幼児期の栄養状態が、成人後の健康や病気のリスクに影響するという考え方
  • Lsp2:ショウジョウバエの幼虫期に大量につくられ、成虫になっても体内に残る貯蔵タンパク質
  • リボソーム:細胞内でタンパク質を合成する装置
  • 翻訳:遺伝情報をもとにタンパク質を合成する過程(タンパク質合成)
  • ノックダウン:遺伝子操作によって、特定の遺伝子の働きを弱めること

Xsciens編集部の読み解き

この研究が示したのは、幼少期にとった栄養が体の部品として大人になっても残る、という分子レベルの手がかりです。「子どもの食事を制限すれば長生きする」という話ではありません。

  • 観測された事実と、解釈を分けて読む。観測されたのは、幼虫期のタンパク質制限で成虫の寿命が最大で約2割延びたこと、成虫6日齢の頭部では全タンパク質の約半分が幼虫期のアミノ酸に由来していたことです。「初期の翻訳活性の一時的な低下が寿命延長に関わる」という部分は、実験と遺伝学的な手法から導かれた解釈です。「最大で」という数字は、条件によっては小さい場合があることも意味します。
  • ハエでの結果で、代償も伴う。寿命が延びた個体は体が約1割小さく、メスの産卵数は約3割減っていました。DOHaD仮説は主にヒトの観察研究にもとづく考え方で、今回の分子の仕組みが哺乳類にもあるかは未検証です。別の研究グループは、同じくハエで幼虫期の餌制限が寿命を延ばすことを報告していますが、その効果は成虫期の餌によって大きく変わり、成虫が出す炭化水素という別の経路が働くと説明しています。長寿の仕組みは1つとは限りません。
  • 次に注目したい点。マウスなど哺乳類で、似た「幼少期の栄養が体に残る」仕組みが見つかるか。制限の時期や量による違いは何か。成長や生殖への代償を避けられるか、という3点です。
  • 編集部の想像(推測)――育ちの違いを、あとから補えるようになるかも。これはあくまで編集部の想像です。子どもの頃の栄養が体のどこに、どのくらい残るのかが分かれば、生まれや育ちで不利を負った人の健康リスクを早めに見つけたり、あとから補ったりする道が開けるかもしれません。一方で、長寿と成長・産卵のトレードオフを見ると、近道は「食事を減らす」ことではなく、必要な部分だけを狙う方法を探す研究になりそうです。

この読み解きの参考: Stefana et al., Nature Communications (2017) “Developmental diet regulates Drosophila lifespan via lipid autotoxins”(フランシス・クリック研究所)、Lacagnina, “The Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD)” American Journal of Lifestyle Medicine (2019)

出典・原著論文

出典:理化学研究所 プレスリリース「幼少期の栄養が寿命を左右する仕組み」(2026年9月24日) https://www.riken.jp/press/2026/20260924_1/index.html

原著論文:Kosakamoto, H. et al. “Lsp2 links early-life diet to adult translation and lifespan in Drosophila.” Nature (2026). DOI: 10.1038/s41586-026-11031-3

人間にもそのまま当てはまるのか

この研究はショウジョウバエでの結果であり、ヒトで同じ仕組みが働くかどうかは、今回の成果だけでは分かりません。寿命の延長は、体の小型化や産卵数の減少というトレードオフを伴っており、「子どもの食事を制限すれば長生きできる」という意味でもありません。

一方で、幼少期に取り込んだ栄養が体の部品として長く残り、大人になってからのタンパク質合成の状態を左右する、という見方は、DOHaD仮説が示してきた「早期の環境が長期の健康を左右する」という考え方に、分子レベルの手がかりを与えるものです。今後、哺乳類でも同様の仕組みがあるのかが調べられていくと考えられます。

要点を整理する

①幼虫期のタンパク質制限だけで、成虫期の寿命が最大で約2割延びた。②幼虫期に取り込まれたアミノ酸は成虫の体の材料として残り、リボソームの部品にも多く使われていた。③その結果、成虫初期のタンパク質合成(翻訳活性)が一時的に下がり、これが寿命の延長に関わっていた。

この流れの中で、論文タイトルにある「Lsp2」というタンパク質が、幼虫期の食事の情報と成虫期の翻訳活性、寿命をつなぐ役割を果たすことが示されました。栄養の「量」だけでなく、いつ摂ったかというタイミングが、一生の健康を左右しうるという点が、この研究の大きな示唆です。

なお、ここで述べた内容は理研の発表とNature掲載論文にもとづくものです。詳細な実験条件や統計は、原論文をご確認ください。

今回の成果は、食事と寿命の関係を考えるうえで、「何を食べるか」だけでなく「人生のどの時期に食べるか」という視点を加えるものです。ヒトへの応用を考えるには、さらに多くの研究の積み重ねが必要です。

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