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  • 【科学】硫黄を使う新素材が太陽光で水素生成 ―― 高価な金属触媒を省き、安い水素へ一歩

    【科学】硫黄を使う新素材が太陽光で水素生成 ―― 高価な金属触媒を省き、安い水素へ一歩

    米オレゴン州立大学の化学者チームが、追加の高価な金属触媒を使わずに、太陽光と水から水素を作り出す新しい結晶素材を開発した。研究成果は米化学会誌『Journal of the American Chemical Society』に掲載された。価格や量産時期が示されたわけではないが、クリーンな水素の普及を阻む大きな壁のひとつ、「触媒が高コストすぎて量産に向かない」という問題に、具体的な糸口を示す成果だ。

    太陽光が水中の結晶に当たり、水素の泡が発生するイメージ図

    水素は燃料電池の中で電気を生み出し、主な副生成物は水だけであるため、バッテリーだけでは動かしにくい船舶や大型トラック、製鉄、化学プラントなどの燃料として近年注目されている。問題は、その水素をどう作るかだ。現在、世界の水素生産は化石燃料に大きく依存しており、主流は天然ガスを使う「水蒸気改質」という方法で、一部はアジアを中心に石炭をガス化する方法も使われている。オレゴン州立大学が示した数字によれば、この方法で作る水素は1キログラムあたり約1.5ドルと比較的安いが、製造過程で二酸化炭素を排出してしまい、水素に切り替える意味の多くを打ち消してしまう。

    再生可能エネルギーや太陽光で水を分解して作る、いわゆる「グリーン水素」は排出の問題を避けられるが、同じ試算で1キログラムあたり約5ドルと、3倍以上のコストがかかるとされる。これらはあくまで目安となる大まかな数字であり、実際のコストは電力価格や設備の規模、採用する技術によって変動する。それでもコスト差の一因は装置にある。一部の電解装置や光触媒システムは、反応を実用的な速度まで高めるために白金などの貴金属触媒に頼っており、こうした素材は決して安くない。

    硫黄が光を受け止め、金属だけに頼らない

    オレゴン州立大学の研究チームを率いるのは、同大学の材料探索研究室(MaD Lab)を率いる化学者キリアコス・スティリアヌ氏だ。チームは、金属イオンを有機分子でつないだ結晶性・多孔性の素材群である「金属有機構造体(MOF)」の一種、「BVR-19」と名付けた新素材を開発した。この素材は室温の水溶液中で自然に形成されるといい、研究チームは、高温や高圧を必要とする多くの素材に比べて製造エネルギーを抑えられる合成経路だとしている(ただし、それが最終的な製造コストにどうつながるかはまだ示されていない)。

    この素材で最も重要な構造上の特徴は、有機リンカー内部にある、2つの硫黄原子をつなぐ結合だ。光が当たると、この結合が一時的に切れ、反応性の高い硫黄種が短時間生じる。オレゴン州立大学の発表によれば、この硫黄を含む有機部分こそが光エネルギーを捉え、水素が最終的に生成される場所まで電子を運ぶ役割を担っており、金属中心だけにその仕事を任せているわけではないという。

    グレー水素とグリーン水素の製造コスト比較(1kgあたり、米ドル)
    出典: オレゴン州立大学の発表資料に基づくおおよその目安

    金属有機構造体は、過去20年ほどの間に化学分野で関心を集めてきた素材群だ。金属を変え、有機リンカーを変えるだけで、同じ基本骨格を保ったまま、細孔のサイズや表面積、化学的な振る舞いを大きく変えられるほど「調整しやすい」ためだ。この調整のしやすさこそが、研究チームがBVR-19の内部の仕組みを探る手がかりにもなった。

    追加の金属触媒を省く

    一般的に、光を使って水を分解し水素を作るには、光を吸収する素材だけでなく、反応を効率よく進めるために素材に組み込まれた別の金属共触媒(多くの場合は白金)が必要とされてきた。オレゴン州立大学の発表は、BVR-19についてはそうした追加の高価な金属触媒を必要としないとしている。硫黄を含む有機部分が、本来なら追加の触媒が担う光の捕捉や電子移動の大部分をすでに受け持っているためだ。

    ただし、これを「金属を一切使わない」と理解するのは正確ではない。BVR-19にも結晶構造の一部として金属中心が存在しており、研究チームはこの金属の種類を変えると素材の性能が明確に変わることを確認している。つまり金属がこの化学反応に無関係というわけではない。実際に変わったのは、白金のように別途後付けで素材に組み込む高価な金属触媒が不要になった、という、より限定的だが実用上は意味のある点だ。この違いを正しく捉えておくことは重要だろう。今回の革新は、追加の製造工程とそのコストを取り除いたことにあり、化学反応から金属そのものを取り除いたわけではない。

    一つの実験から設計指針へ

    なぜ一部のバージョンが他よりも優れた性能を示すのかを理解するため、研究チームはBVR-19の中心にある金属イオンだけを系統的に入れ替え、それ以外の構造はほぼそのままにして、それぞれの光照射下での性能を比較した。この横並びの比較によって、水素生成量の違いを素材の電子構造の変化と結びつけることができ、「どのバージョンがより優れているか」という経験的な順位付けにとどまらず、「なぜ優れているのか」という仕組みの説明にまでたどり着いた。

    「私たちの研究は、グリーン水素のコストを下げられる、より優れた素材を設計するための青写真を与えてくれます」とスティリアヌ氏は大学の発表の中で述べている。

    研究チームはこの成果について、完成された最適な触媒というより、今後の素材開発で試し、積み上げていくための設計原則だと位置づけている。

    反応の仕組みそのものを解明することで研究を前進させる例は他にも見られる。たとえば京都大学などの研究チームが解明した、モリブデン触媒によるアンモニア合成の仕組みも、比較的穏やかな条件下で空気中の窒素をアンモニアに変換できる理由を詳しく突き止めたものだ。いずれも新しい化学物質の発見ではなく、既存の触媒がなぜ働くのかを明確にした点で共通しており、こうした理解こそが試行錯誤ではなく狙いを定めた素材改良への足がかりになる。

    安くなった水素が開く可能性

    とはいえ、これで安価でほとんど触媒を必要としないグリーン水素がすぐに実現するわけではない。オレゴン州立大学の発表や査読付き論文が示しているのは、あくまで実験室レベルの素材と設計原則であり、実際の水素生成速度や効率、量産への道筋を示す数値は公表されていない。この素材はまだ、工業的な規模に近い条件では一切試されておらず、有望な結晶を実験室から実用的な光触媒反応装置へと発展させるには、通常、何年にもわたる耐久性試験や工学的な検討が必要になる。すべての段階をクリアできるとも限らない。

    今回の研究が示したのは、仕組みの理解という足がかりだ。硫黄を含む有機構造に光の吸収と電子移動の役割の一部を担わせることで、少なくともこの素材系においては、高価な追加の金属触媒への依存を減らせるという証拠と、どのような構造上の工夫が性能向上に役立つかを見極める手法が得られた。これが実際に水素のコスト低下につながるかどうかは、この研究だけでは分からない水素生成速度や、繰り返し使用したときの耐久性、素材を組み込む反応装置全体のコストなど、他の要素にかかっている。もしこの先の段階がうまく進めば、水素製造を一夜で作り変えるような話ではなく、個々の部品のコストを少しずつ削っていくこうした積み重ねこそが、エネルギー技術が時間をかけて安くなっていく典型的な道筋だ。そしてそれは、製鉄や海運、大型トラック輸送のように電化が難しい産業が、今使っている化石燃料由来の水素から、より低炭素な水素へと移行していく後押しにもなりうる。

    出典: Oregon State University、Journal of the American Chemical Society (DOI)、ScienceDaily、Interesting Engineering

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