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  • 【科学】使用中は分解せず、水に触れて効く――酵素内蔵プラスチック、深海でも実証

    【科学】使用中は分解せず、水に触れて効く――酵素内蔵プラスチック、深海でも実証

    プラスチックに生分解を助ける酵素を練り込み、乾燥した環境での使用中は分解を抑えながら、環境中で摩耗や断片化によって酵素が水に触れると分解を促す――そんな新しい生分解性プラスチック素材を、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)と東京大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、群馬大学の研究チームが開発した。水深5,503mの深海でも重量減少が確認され、その速さは酵素を入れない場合に比べて大幅に高まったという。海洋プラスチック汚染への対策として期待される成果だ。

    原論文情報 / Original Paper
    原題(Title): Enzyme-embedded polyesters for accelerated biodegradation in the deep sea
    著者(Authors): QiuYuan Huang ほか
    掲載誌(Journal): Nature
    DOI: 10.1038/s41586-026-11192-1

    「濡れると効く」酵素内蔵という発想

    毎年推定800万トンものプラスチックごみが海に流出しているとされ、自然環境では分解に300年以上かかるものも少なくない。研究チームはこれまでの事業で、水深757〜5,552mの深海底でも生分解性プラスチックが微生物によって分解されることを世界で初めて示していたが、速いものでも完全分解には数年かかっていた。深海は低温・高圧であるうえ、対象のプラスチックを分解できる微生物の働きも限られ、分解が進みにくいためだ。

    今回のチームが選んだ道は、プラスチックの「材料」そのものではなく「仕組み」を変えることだった。熱で軟らかくしたプラスチックに、カビの一種由来の「HiCクチナーゼ」(ポリエステルの結合を切る働きを持つ酵素)や南極酵母由来の「CaLBリパーゼ」(脂肪の分解に関わる酵素で、今回はプラスチック分解に活用)といった天然の分解酵素を練り込んだ。これらの酵素は水がない環境では働かないため、乾燥した環境での使用中は分解を抑えながら、従来の素材に近い強度を保つ。ところが環境中で摩耗や断片化が起き、内部の酵素が水に触れると、そこから分解が加速していく。いわば「水に触れたらスイッチが入る」設計だ。

    水深5,503mでも進んだ分解

    チームは沿岸(水深2〜6m)と、757m・855m・1,292m・5,503mなど複数の深海地点にプラスチックのフィルムを沈め、重量減少の進み方を比較した。水深757m・水温4℃・水圧7.6MPa(大気圧の約75倍)という環境でも、酵素を練り込んだ一部の素材は5カ月以内にほぼ完全に分解した。酵素を入れない素材が同じ期間でわずかしか重量が減らなかったのとは対照的だ。最も深い5,503m地点では、酵素入りのPBSA(ポリブチレンサクシネートアジペート、以下PBSA)は18カ月で重量が約30.5%減少し、酵素なしの同じ素材(約1.6%)を大きく上回った。ただし分解の進み方は素材によって差があり、すべての素材が同じ速さで重量を減らしたわけではない。

    深海水深5,503mでの酵素あり・なしプラスチックの重量減少率比較グラフ
    出典: Huang et al., Nature (2026) のデータをもとに作成

    強度を保ったまま、分解は速く

    気になるのは、分解しやすくした分、製品としての強度が落ちていないかという点だ。研究チームによると、酵素の添加量を0.1重量%程度に抑えれば引張強度への影響はほとんどなく、深海向けに使った3重量%程度でも、強度や伸びの低下は研究チームが「実用上利用できる範囲」と評価する程度にとどまるという。水深757mでの重量減少速度を比べると、1日・1平方センチメートルあたりの重量減少量(特定の素材・条件での値)は、酵素を練り込んだ素材が約97マイクログラムだったのに対し、酵素なしはわずか約0.9マイクログラムで、その差はおよそ100倍に達した。これとは別に、NEDOは今回の技術全体の成果を代表する値として、酵素なしに比べて「分解速度を約30倍に高めた」と発表している。約30倍と約100倍はどちらも誤りではなく、比較する素材・条件が異なる数字だ。

    酵素を材料に組み込むことで、従来は分解が進みにくかった深海でも、生分解性プラスチックの重量減少を大幅に速められる可能性が示された。

    マイクロビーズにも効果

    今回の技術は、直径20〜300マイクロメートルの試験用マイクロビーズにも適用され、沿岸・深海を問わずさまざまな海洋環境で分解が進むことが確認された。これは化粧品などに実際に使われているビーズそのものでの確認ではなく、マイクロプラスチックサイズの粒子を想定した試験モデルでの結果だ。マイクロプラスチックは粒が細かいほど生き物に取り込まれる可能性があるとされ、いったん環境中に広がると回収は難しい。製品の設計段階から分解しやすさを組み込めれば、環境中に流出したプラスチックの残留を減らす新たな対策になりうる。実際の製品への応用や、環境中での汚染低減効果については、今後の検証が必要だ。

    酵素内包プラスチックが使用中は安定で水に触れると分解する仕組みを示す模式図
    出典: NEDOプレスリリースの説明をもとに作成

    実用化までに残る課題

    研究チームは今後、実際の使用環境を想定した長期的な耐久性・安全性の検証や、多様な生分解性プラスチック素材への適用拡大、酵素を練り込む工程の効率化とコスト低減、量産に向けたスケールアップに取り組むとしている。深海での分解にはなお数カ月から十数カ月を要しており、「流出すれば一瞬で消える」わけではない点には注意したい。それでも、既存の生分解性プラスチックが深海で分解に数年を要していたことを踏まえれば、今回の成果は海洋プラスチック汚染対策の有力な選択肢になりうる。

    Xsciens編集部の読み解き

    この研究の核心は、素材そのものではなく「水に触れて初めて働く」という仕組みを作った点にあります。

    • 「30倍」と「100倍」は比較条件が異なる。NEDOが示す「約30倍」は技術全体の成果を代表する値である一方、本文で紹介した「約100倍」は水深757mでの重量減少速度という特定の素材・条件での比較です(水深5,503mでのPBSAは18カ月で重量減少率が酵素あり約30.5%・酵素なし約1.6%、水深757mでは1日あたりの重量減少量が酵素あり約97マイクログラム・酵素なし約0.9マイクログラム)。どちらも誤りではありませんが、一つの倍率だけで条件全体を代表させて読まない方が安全です。
    • 対象素材とスピード感には限界がある。今回検証されたのはPBS・PBSA・PCL・PBATというポリエステル系の生分解性プラスチックで、ペットボトルやレジ袋に使われる一般的なポリエチレン・ポリプロピレンには直接応用できません。また深海での重量減少には早くても数カ月、素材によっては1年以上かかっており、「流出すればすぐ消える」わけではありません。
    • 次に注目したいのは実環境での長期検証。今回示されたのは実験的な沈設試験の結果で、研究チーム自身が今後、実使用環境での耐久性・安全性の検証や量産技術の確立を課題として挙げています。分解を速める技術が、実際に海洋プラスチックの残留量をどれだけ減らせるかも、これから検証していく必要があります。
    • 編集部から――普及すれば、プラスチック製品を選ぶときの罪悪感が一つ減りそうです。食品包装や漁具のような身近な製品に広がれば、使い心地を落とさずに海洋プラスチック問題へ貢献できる選択肢が増えるでしょう。ただし、「分解するから」とごみの出し方まで雑になってしまっては本末転倒です。技術が進んでも、ごみを減らす工夫は私たち消費者の側にも引き続き求められます。

    この読み解きの参考: Chamley et al., “Polymer material biodegradation in the deep sea. A review,” Science of The Total Environment (2024)、環境省 環境ラベル等データベース「海洋生分解性プラマーク」制度

    出典: NEDOニュースリリース、Huang et al., “Enzyme-embedded polyesters for accelerated biodegradation in the deep sea,” Nature (2026)