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  • 【科学】超分子ポリマーとは?3分でわかる仕組みと将来性

    【科学】超分子ポリマーとは?3分でわかる仕組みと将来性

    超分子ポリマー(Supramolecular Polymer)とは、強く固定された化学結合ではなく、弱く可逆的な結びつきで部品同士がつながった、鎖のような材料のことです。この「弱いけれど数が多い」設計のおかげで、傷を自ら修復したり、形を変えたり、生きた細胞の振る舞いに影響を与えたりできます。だからこそ材料科学者たちは、より大きく精密に制御された超分子ポリマーの開発を競っています。

    超分子ポリマーとは何か

    ペットボトルのプラスチックのような普通の高分子(ポリマー)は、モノマーと呼ばれる小さな繰り返し単位が、共有結合によって端から端まで溶接のようにつながった長い鎖です。共有結合は電子を共有して結びつく強い化学結合で、一度できるとそう簡単には切れません。

    超分子ポリマーは、この永続的な「溶接」を一時的な「握手」に置き換えたものです。部品となる分子同士は、水素結合、芳香環が重なり合うスタッキング、金属イオンを介した架橋、電気的な引力といった非共有結合でつながります。一つひとつは弱くても、鎖に沿って何千個と連なることで、安定して機能する材料になります。身近な例では面ファスナー(マジックテープ)が近く、フックとループの組は一つだけならすぐ剥がれますが、たくさん並べば厚手のジャケットもしっかり留められます。超分子ポリマーも分子のスケールで同じことが起き、弱い結合が大量に集まることで強くてなお可逆的な材料として振る舞います。

    IUPAC(国際純正・応用化学連合)が2013年に示した用語推奨では、この自己組織化の過程そのものに「超分子会合(レーン会合)」という呼び方が好まれ、「超分子重合」という表現は推奨されていません。ただしこれは現象の呼び方の話であり、材料の呼び名を否定するものではなく、2026年のノースウェスタン大学の論文タイトルにも使われているとおり「超分子ポリマー」という呼称は今も広く使われているため、本記事でもこの一般的な意味で用います。

    自己組織化の仕組み

    超分子ポリマーの結合は可逆的なので、個々の結びつきは絶えず切れたりつながり直したりしています。これにより材料は周囲の状況に応じて自らを調整でき、必ずしもバラバラに崩れるわけではありません。破損部分の表面同士が再び接触でき分子が十分動ける状態であれば、可逆的な結びつきが損傷箇所をまたいでつなぎ直されることがあり、これが一部(すべてではありません)の超分子材料に見られる自己修復の仕組みです。米国プラスチック技術者協会(SPE)の2024年の概説によれば、同じ動的な結合のおかげで一部の超分子ポリマーは通常のプラスチックより加工しやすい場合がありますが、必要な温度や圧力は分子設計によって変わります。

    化学者たちは、鎖が制御された長さで成長を止める方法も編み出してきました。その一例が2026年10月にノースウェスタン大学が発表した「自己キャップ型超分子重合」です。条件が整っている間は鎖の柔らかい末端が開いたまま新しい部品を取り込み続け、やがて折れ曲がって末端にふたをすることで成長を止めます。後から部品を加えれば成長を再開でき、研究者は鎖を好きな長さまで伸ばし、異なる性質の区間を配置できます。結びつきが弱すぎれば短く不安定な塊しかできず、強すぎれば組み替えられる柔軟性が失われるため、このバランスを取りつつ鎖同士の予期せぬ融合や分解を防ぐことが、精密な超分子設計を難しくしている要因です。

    なぜ今注目されているのか

    超分子ポリマーの研究自体は1980年代後半から続いています。1988年に化学者の相田卓三らが、円盤状の分子が非共有結合で連なり一次元の集合体を作る成果を報告したのを皮切りに、1989〜1990年には化学者ジャン・フレシェやノーベル賞学者ジャン=マリー・レーンのグループが水素結合による液晶性の超分子ポリマーを実証し、1997年には化学者バート・マイヤーの研究が、非共有結合の集合体でも本物の高分子のように力学的にふるまえることを示しました。それ以降に変わったのは「精密さ」です。超分子ポリマーは長年、長さが不揃いで制御しづらく、用途に向けて性質を狙い通りに設計することが難しいという課題を抱えていました。

    この課題に挑んだのが、材料科学者サミュエル・I・スタップが率い、博士研究員のマイケル・ドアらが参加したノースウェスタン大学のチームで、2026年10月1日に学術誌Scienceで研究成果を発表しました。自己キャップ型の手法により、分子量が数十億ダルトンに達する鎖の作製に成功。大学側の比較によれば、これは一般的な合成高分子や既知で最大級の天然タンパク質のおよそ100倍の重さに相当し、最も長い鎖は細胞一個分の幅よりも大きくなりました。研究者らによれば、この鎖は試験管の中で数カ月間、くっついて塊になったり融合したり徐々にバラバラに戻ったりすることなく、試験した条件下で制御された長さを保ち続けました。これは従来の超分子ポリマーが苦手としてきた点です。

    「これは、材料が細胞とどのようにコミュニケーションできるかについて、まったく異なる考え方をもたらすものです」。ノースウェスタン大学のサミュエル・I・スタップ氏は、この成果についてこう述べています。

    自己キャップ型超分子重合と、電荷を区分けした鎖が神経細胞に結合する仕組みを示した図解
    出典: Dore et al., Science(2026年)およびノースウェスタン大学のプレスリリースをもとに作成

    応用例――自己修復材料から神経細胞まで

    超分子ポリマーの中心にある可逆的な結合は、すでにいくつもの用途を見据えています。自己修復コーティングや建設・自動車・航空宇宙向けの部品は、小さなひび割れを部品交換なしに自ら修復し、機器の寿命を延ばせる可能性があります。刺激応答型のものは体内のpH変化などに触れたときだけ薬剤を放出するドラッグデリバリーの担体として研究が進み、水を含んだ超分子ハイドロゲルは細胞を育てる足場として組織工学で使われています。腐食や摩耗に強い適応型コーティングや、生体組織のようにしなやかに動くソフトロボティクスへの応用も試みられています。

    ノースウェスタン大学の研究は、ここに印象的な新例を加えました。研究チームは培養皿の神経細胞にいくつかの電荷パターンを試したところ、正の電荷だけの鎖は細胞に害を与え、負の電荷だけの鎖はほとんど影響を与えず、電荷をランダムに混ぜた鎖も目立った反応を示しませんでした。うまく機能したのは一つの設計だけで、短い正の区間を二つの長い負の区間で挟んだ構造です。これが負に帯電した神経細胞の表面に結合しました。この条件では、7日後に測定されたカルシウム活性(細胞内シグナル伝達の指標であり、神経細胞全体の機能を直接示すものではありません)が約4倍に上昇し、14日後にはより多くのシナプス結合が形成されていました。しかもこれは、通常使われる生体由来の成長因子を一切加えずに起きた変化です。研究者らは、これはあくまで培養細胞での実験であり動物や人間での試験はまだで、神経修復への医療応用は長期的な見通しにとどまると注意を促しています。

    関連する最新動向

    市場調査会社Transparency Market Researchの推計では、超分子ポリマーの世界市場規模は2024年時点でおよそ2億9,150万ドルとされ、2031年にかけて年平均約6.5%の成長が見込まれています。ただし科学的により重要な今後の節目は、ノースウェスタン大学が示したような数十億ダルトン規模の精密な鎖を、培養皿での実験を超えてスケールアップし、生きた動物で試験できるかどうかという点でしょう。

    上で紹介した「10億ダルトン」規模の鎖が、どのように神経細胞の活動を高めたのかについては、関連記事: 細胞より長い「10億ダルトン」の人工集合体を合成――神経細胞のカルシウム活性を4倍に高めた新素材でも詳しく紹介しています。

    出典: ノースウェスタン大学 Weinberg College、EurekAlert!プレスリリース、IUPAC Gold Book

  • 【科学】細胞より長い「10億ダルトン」の人工集合体を合成——神経細胞のカルシウム活性を4倍に高めた新素材

    【科学】細胞より長い「10億ダルトン」の人工集合体を合成——神経細胞のカルシウム活性を4倍に高めた新素材

    • 新しく作られた、自分で組み上がる性質を持つ材料を神経細胞に加えたところ、培養皿の中の神経細胞の生物学的な活動量がおよそ4倍に高まった。将来、傷ついた神経の修復に役立つ可能性を示す結果だ。
    • 米ノースウェスタン大学の化学者らは、この種の分子の「糸」がどれくらいの長さまで伸びるか、そしてプラスとマイナスに帯電した部分がどう並ぶかを、これまでになく精密にコントロールする方法を見つけた。
    • できあがった分子の糸は、分子としては桁外れに巨大だ。一般的なプラスチック高分子のおよそ100倍の重さがあり、自然界最大級のタンパク質よりも大きい。それでいて、ふつうの化学結合で結びついた1つの分子ではなく、多数の小さな分子が自然に集まってできている。
    • この効果が確認されたのは、今のところ培養皿の中の細胞だけだ。動物や人での実験はまだで、実際の治療に使えるようになるまでには長い時間がかかりそうだ。

    細胞に匹敵する大きさの構造体

    米ノースウェスタン大学の化学者サミュエル・イー・スタップ氏らのチームが、新しいタイプの巨大な構造体を作り出し、2026年10月1日付の学術誌「サイエンス」で発表した。この構造体は「超分子ポリマー」と呼ばれる材料の仲間だ。ふつうのプラスチックのように、強い化学結合で結びついた1つの分子でできているのではなく、多数の小さな分子同士がくっつき合い、もっとゆるく結びついてできている。磁石が次々とくっついて鎖のように連なるイメージに近い。このゆるさのおかげで組み立てやすい半面、どこで成長を止めるかを確実にコントロールする方法がこれまでなかった。

    分子の重さは「ダルトン」という単位で表す。19世紀の化学者ジョン・ドルトンにちなんだ単位で、1ダルトンはおよそ水素原子1個分の重さにあたる。ノースウェスタン大学の研究者たちは比較対象として、材料科学で使われる重さ1000万ダルトン程度の一般的な高分子を挙げている。自然界最大級のタンパク質、たとえば筋肉組織を形づくるようなタンパク質でも、せいぜい300万〜500万ダルトン程度だ。これに対し、今回ノースウェスタン大学が作った集合体は合計で数十億ダルトンに達し、一般的な高分子のおよそ100倍の重さがある。もっとも長い糸状の部分は、1つの細胞の幅よりも長く伸びるという。

    自然界最大級のタンパク質、一般的な高分子、ノースウェスタン大学の新しい集合体の分子量を対数スケールで比較した棒グラフ
    出典: Dore et al., Science (2026); ノースウェスタン大学のデータをもとに作成

    なぜ長さの制御が難しかったのか

    超分子ポリマーは、化学者が部品を一つひとつつなげて作るのではなく、多数の分子が自然に集まってできていく。そのため従来は、ある程度予測のつかない形で成長が進んでしまい、糸がどこまで伸びるか、特定の構造が糸のどこに位置するかを制御するのが難しかった。ノースウェスタン大学のチームは、「セルフキャッピング超分子重合」と呼ぶ手法でこの課題を解決した。材料となる分子の供給が少なくなってくると、伸びている糸の両端にある柔軟な部分が自分自身に折り返り、両端に実質的な「ふた」をして、それ以上の成長を止める仕組みだ。

    この工夫によって、研究チームは2つの要素を同時にコントロールできるようになった。糸全体の長さと、プラスとマイナスに帯電した部分がどう並ぶかだ。研究を説明する声明の中で、スタップ氏はこの成果を材料設計におけるブレイクスルーだと述べている。

    「化学でも生物学でも、これまで見たことのないものを発見した」

    電荷の並べ方が結果を分けた

    最終的な設計にたどり着く前、研究チームは培養皿で育てた神経細胞に対して、もっと単純な電荷のパターンをいくつか試していた。プラスの電荷だけを帯びた糸は、神経細胞をほぼ死滅させてしまった。マイナスの電荷だけを帯びた糸は、ほとんど何の変化も起こさなかった。プラスとマイナスの電荷をランダムに混ぜた糸でも、目立った反応は見られなかった。うまくいったのは1つのパターンだけだった。短いプラスの帯電部分を、より長いマイナスの帯電部分で両側から挟み込む、偶然ではなく精密に設計された配置だ。

    このうまくいった設計が、生きた培養神経細胞にどう作用するかを調べるため、研究チームは培養皿で育てた細胞にこれを加え、7日間と14日間にわたって観察した。使われたのは「カルシウムイメージング」という手法で、「カルシウム活性」と呼ばれる指標を追跡する。神経細胞は電気信号を発する過程で、細胞膜を通してカルシウムイオンを一瞬だけ出し入れするため、カルシウム活性は神経細胞がどれだけ活発かを示す指標として広く使われている。これは神経の活動を測る標準的で確立された手法だが、電気信号の回数を直接数えているわけではなく、あくまで間接的な指標であることには注意が必要だ。

    この設計を加えた神経細胞は、7日後の時点でカルシウム活性が全体としておよそ4倍高く、14日後にはより多くのシナプスを形成していた。研究チームは、この精密な電荷パターンが、材料と神経細胞の細胞膜やその周囲のタンパク質との相互作用のしかたを変えることで働いているのではないかと考えているが、これはあくまで提案する仕組みであり、完全に実証されたメカニズムではないという。注目すべきは、この効果が特別な薬剤や成長因子を別途加えることなく、電荷パターンの配置だけで現れた点だ。

    これが重要なのは、神経細胞が新しい突起を伸ばし、隣の細胞へ信号を渡す接合部である「シナプス」を作る際に、電気的な活動が他の手がかりとともに関わっていると考えられているからだ。神経細胞をより活発にし、つながりを増やすことに関連する材料は、それゆえ「再生医療」の分野で特に注目されている。再生医療とは、失われたり傷ついたりした組織を体が自力で修復する手助けをする科学の一分野で、けがをした神経組織の修復も含まれる。完全に人工で、自己組織化する材料が、生きた細胞のこのような変化と結びついていたという点を、研究チームは今回の成果で最も驚いた部分だと語っている。

    新素材を加えた神経細胞は未処理の神経細胞に比べてカルシウム活性が4倍だったことを示す棒グラフ
    出典: Dore et al., Science (2026); ノースウェスタン大学のデータをもとに作成

    培養皿から治療法へ、その手前にあるもの

    今回の設計が効果を示したのは、あくまで培養皿の中で育てた神経細胞に対してであり、動物や人での実験はまだ行われていない。培養皿の中の細胞は、生きた体の中で生き延びたり、免疫の反応と戦ったり、けがの後に周囲の組織となじんだりする必要がないため、治療法として使えるようになるまでにはまだ何年もかかるとみられる。とはいえスタップ氏の研究室は長年、神経の修復や組織の再生を目指した自己組織化材料の開発に取り組んできており、今回の精密さの向上を、より信頼性の高い材料を作るための一歩と位置づけている。次の段階としては、人での試験の前に、神経が傷ついた動物モデルで安全性と効果を確かめることが考えられる。

    今回の成果は、医療の枠を超えた意味も持つ。狙った長さと、精密にコントロールされた電荷のパターンを持つ巨大な人工構造体を作れるということは、力学的あるいは電気的な性質を調整できる新しい材料への道を開くものであり、生物学から離れた分野でも役立つ可能性がある。より広い視点で見れば、この成果は、1つの分子よりもはるかに大きな距離にわたって材料の性質をコントロールするために、自己組織化という手法が使えることを示している。これまでごく小さなスケールに限られていたような精密さで物質を作り上げる、その一歩と言えるだろう。

    Xsciens編集部の読み解き

    この研究の核心は、巨大な分子を作れたことそのものより、長さと電荷の配置を精密に制御できる手法を見つけた点にあります。

    • 「4倍」の中身を確認する。これは培養した神経細胞の「カルシウム活性」で、神経活動を測る確立した指標ですが、電気信号の回数を直接数えたものではなく間接的な指標です。測定は7日後の時点で、14日後にはより多くのシナプスが形成されていました。
    • 効いたのは「大きさ」より「電荷の並べ方」。プラスの電荷だけの糸は神経細胞をほぼ死滅させ、マイナスだけの糸はほとんど変化を起こさず、プラスとマイナスをランダムに混ぜた糸にも目立った反応はありませんでした。有効だったのは、短いプラスの部分を長いマイナスの部分で両側から挟んだ精密な配置だけです。
    • 仕組みと応用は仮説の段階。電荷のパターンが細胞膜や周囲のタンパク質との相互作用を変えているという説明は、研究チームが提案する仕組みで、完全に実証されたものではありません。効果が確認されたのは培養皿の中の細胞だけで、動物や人での実験はまだです。

    この読み解きの参考: ノースウェスタン大学(Northwestern Now)、EurekAlert!

    出典: ノースウェスタン大学 (Northwestern Now)、EurekAlert!

    論文情報:Dore, M. ら, “Precise length and charge segmentation of billion-dalton supramolecular polymers”, Science (2026)

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  • 【科学】銅配線は細くなるほど電気を通しにくくなる ―― このままではAIチップの高速化・省電力化が頭打ちになる、次世代配線材料を巡る開発競争

    私たちが日々恩恵を受けているAI技術の進化は、半導体チップの性能向上に支えられていますが、その心臓部にあたる極細の「配線」で長年主役を務めてきた銅(Cu)が微細化の限界に近づきつつあり、このままではチップの高速化や省電力化が頭打ちになりかねません。半導体チップの中には、トランジスタ同士をつなぐ髪の毛の1万分の1以下の細さの「配線」が張り巡らされています。2025年6月に京都で開かれた国際学会「VLSIシンポジウム」では、東京エレクトロンとベルギーの研究機関imecが共同で、銅に代わる次世代配線材料についての研究成果を発表しました。この学会発表から、半導体の配線技術がいま何を目指しているのかを紹介します。

    銅配線が限界に近づく理由

    銅は電気を通しやすく加工もしやすいことから、長年チップ内配線の定番として使われてきました。ところが配線の線幅が40nm(ナノメートル、1nmは10億分の1メートル)程度以下まで細くなると、銅の抵抗値がかえって上昇してしまうことが分かっています。配線が細くなるほど、電子が配線の表面や粒の境目にぶつかって進みにくくなるためです。抵抗が上がれば信号の伝わる速度が遅くなり、消費電力も増えてしまいます。半導体の微細化がこの先も続く以上、「銅をどう置き換えるか」は業界共通の課題になっています。

    学会発表のテーマ ―― ルテニウムと「セミダマシン」配線

    東京エレクトロンとimecがVLSIシンポジウム2025で発表したテーマは、「A10世代以降の配線に向けた、選択的成膜とルテニウムのスーパーフィル技術」です。ルテニウム(Ru)は、細い配線にしても銅ほど抵抗が上がりにくい金属として注目されている材料です。

    ポイントは「セミダマシン」と呼ばれる作り方です。従来の銅配線は、あらかじめ掘った溝に金属を埋め込んでから表面を平らに削る「ダマシン」という製法が主流でした。これに対しセミダマシンでは、金属膜をまず配線層全体に成膜したうえで、不要な部分をエッチング(化学的・物理的に削り取る加工)によって取り除き、配線パターンを直接形作ります。溝を掘ってから埋め込むという工程を経ないため、より微細で複雑な立体配線に対応しやすくなります。今回の発表は、この製法でルテニウムを使う際に、配線の細い隙間までムラなく成膜する(スーパーフィル)技術的な見通しを示したものです。

    配線が細くなるほど銅の電気抵抗が急に上がることを示す模式図。ルテニウムはより緩やかに上昇する。
    模式図(イメージ図)であり、実測値ではありません。配線幅が約40nmを下回ると銅の抵抗が急上昇する一方、ルテニウムは上昇が緩やかであることを概念的に示しています。

    この研究が重要な理由

    AIチップのように演算回路がぎっしり詰まった半導体では、配線での電力損失や遅延がチップ全体の性能を左右します。装置メーカーである東京エレクトロンが、材料研究の国際拠点imecと組んで配線プロセスそのものを共同研究している事実は、次世代配線の実用化が「材料をどう供給するか」ではなく「どう成膜し、どう加工するか」という装置技術の勝負になっていることを物語っています。

    ルテニウムが有望とされる理由

    配線材料としての比較では、銅は細くなるほど不利になります。imecがIEDM 2020で行った講演(EE Times Japanの連載で紹介)によると、14nmのビア(配線層どうしをつなぐ縦の接続)を、厚さ2nmのバリア層つきの銅で作った場合の抵抗を1(基準)としたとき、10nmの銅ビアは2.16と2倍以上になるのに対し、ルテニウムは14nmで0.59(バリア層なし)と計算されています。これは特定の寸法・構造を仮定した計算上の比較で、実際の製品の抵抗値を直接比べたものではありません。ルテニウムは、抵抗が低いこと、銅のようなバリア層(銅の拡散を防ぐ薄い膜)が不要なこと、エッチングで加工できることが評価されています。

    配線の細さと抵抗の関係の概念図
    図:配線が細くなるほど銅は不利になる(概念図。曲線は説明用の模式で実測値ではありません)

    imecが示した16nmピッチのルテニウム配線

    imecは2025年6月3日、国際会議IITC 2025での発表として、セミダマシン工程で作った16nmピッチのルテニウム配線を報告しました。平均抵抗は656Ω/µmで、16nmピッチの構造の40%が、薄膜の抵抗率から予測される目標抵抗を満たしたとされています(8nm幅のローカル配線に相当)。18〜22nmピッチでは、ウエハー全面での歩留まりが90%以上と報告されています。対象は、A7世代以降のロジック半導体の、最初のローカル配線層(M0)です。なお、この発表は、本記事で紹介した東京エレクトロンとimecのVLSIシンポジウムでの発表とは別の学会でのものです。

    実用化に向けた課題

    imecの発表でも、16nmピッチで目標抵抗を満たしたのは構造の40%にとどまり、歩留まり90%以上が得られたのは18〜22nmピッチの範囲です。今後の課題として、ルテニウムのパターニングの最適化や、熱による形態変化の抑制の検討が挙げられています。銅からルテニウムへの置き換えは、まだ研究段階です。

    次世代配線材料の候補と位置づけの比較表
    図:銅とルテニウム・モリブデン・コバルトの位置づけ(Gall 2016、Semiconductor Engineering 2022をもとに編集部が整理)

    用語メモ

    • ピッチ:隣り合う配線の中心どうしの距離
    • ビア:上下の配線層をつなぐ縦方向の接続
    • バリア層:銅が周囲の絶縁膜に拡散しないようにする薄い膜
    • スーパーフィル:細い溝や隙間にも、金属をムラなく埋めていく成膜
    • A10・A7:半導体の次世代ノードの呼び名(Åはオングストローム、1Å=0.1nm)。実際の寸法そのものを表すとは限りません

    読み解くポイント:研究段階の成果と、量産までの距離

    「ダマシン」という名前は、金属を溝に埋め込む象嵌細工(ダマスカス細工)にちなんだものとされています。これに対しセミダマシンは、先に金属膜を成膜して不要部分を削る方式で、ルテニウムのように削って形を作りやすい金属と相性がよいと考えられています。

    ただし、今回の内容は学会で報告された研究段階の成果です。量産ラインで実際にどの世代から採用されるかは、成膜の均一性、エッチング後の形状の精度、コストなどを含めて今後の検証にかかっています。配線材料の転換は、成膜装置やエッチング装置を手がける装置メーカーにとっても、新たな需要が生まれる分野です。

    AIチップにとって配線が重要な理由

    AIの計算は、膨大な数のトランジスタが大量のデータをやり取りすることで成り立っています。トランジスタが速くなっても、それらをつなぐ配線の抵抗が大きいと、信号が遅れ、発熱や消費電力も増えます。配線は、チップ全体の性能を左右する「道路」のようなものと言えます。

    そのため、銅に代わる材料の探索は、トランジスタの微細化と並んで、半導体の進化に欠かせない課題になっています。今回のようにルテニウムを細い溝や隙間にむらなく成膜できる見通しが立つことは、次世代の配線を現実的な選択肢にするための一歩です。

    まとめ

    半導体の配線材料が銅からルテニウムへと置き換わるかどうかは、まだ研究段階です。しかし国際学会での発表内容を追うと、次世代の半導体がどこで詰まり、装置メーカーがどこに解決の糸口を見出そうとしているかが見えてきます。地味に見える「配線」という部品こそ、AI時代の半導体性能を左右する最前線の一つです。

    Xsciens編集部の読み解き

    「銅の次」の材料探しは、配線を細くするほど、材料そのものの性質に加えて、加工のしやすさとコストも勝負を分ける、という話です。

    • 研究段階の見通しと、量産の実力は別の話。学会で示されたのは、ルテニウムを細い配線に成膜・加工できるという技術的な見通しです。どこまで細くすれば銅より有利になるかは、構造や製法によって変わります。独立した計算研究(Gall, 2016)では、ルテニウムやモリブデン、コバルトは銅と同程度、ロジウムやイリジウムは極細の配線で銅を上回ると予測されており、ルテニウムだけが特別という結論ではありません。
    • ルテニウムにも課題がある。業界の解説では、ルテニウムは断面積が約300nm²(約17×17nm)より小さい領域で銅より低抵抗になるとされますが、エッチ加工で側壁が酸化するなどの課題が指摘されています。モリブデンは安価で有望ですが酸化しやすく、コバルトは全面置換ではなく補助的な層としての検討が中心です。
    • 次に注目したい点。量産ノードでの採用の発表、セミダマシンと従来のダマシンの使い分け、複数の金属を組み合わせる設計、コストと歩留まりの実績の4点です。
    • 編集部の想像(推測)――電力を食うAIが、もう少し省エネになるかも。これは編集部の想像です。配線の抵抗が下がれば、同じ計算を少ない電力でこなせるチップが増え、スマートフォンの電池持ちやデータセンターの電気代に効いてくるかもしれません。ただし、消費電力を決める要因は配線だけではなく、材料の置き換えが製品に届くまでには年単位の時間がかかるはずです。

    この読み解きの参考: Gall, “Electron mean free path in elemental metals”, Journal of Applied Physics 119, 085101 (2016)(レンセラー工科大学)、Semiconductor Engineering, “How Far Will Copper Interconnects Scale?” (2022年12月15日)

    東京エレクトロン ニュースルーム「2025 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits」
    imec「Semi-damascene metallization: an inflection point in back-end-of-line processing」

    参考:imec プレスリリース(2025年6月3日)、EE Times Japan「福田昭のデバイス通信(319)」

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