ヘルクレス座にある銀河「マルカリアン501(Mrk 501)」の中心で、これまで知られていなかった2本目のジェットが見つかった。研究チームは、これを超巨大ブラックホールの近接連星の証拠とみている。もしこの解釈が正しければ、これまでで最も接近した超巨大ブラックホール連星の候補の一つとなり、条件次第では最短およそ100年で合体する可能性もあるという。銀河の成長を左右するプロセスの最終段階を、人間の時間スケールで追いかけられるかもしれない、めったにない機会だ。
原題(Title): Detection of a second jet within the nuclear core of Mrk 501
著者(Authors): S. Britzen ほか
掲載誌(Journal): Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS)
DOI: 10.1093/mnras/stag291
そこにあるはずのない、もう一本のジェット
マルカリアン501は、地球から約4億5000万光年離れたヘルクレス座の銀河で、電波天文学者にとって数十年来なじみ深い観測対象だった。この銀河は「ブレーザー」と呼ばれるタイプに属し、中心のブラックホールがほぼ地球方向へ高エネルギー粒子の細いジェットを噴き出しているため、電波やガンマ線で際立って明るく見える。これまでの研究は、この一本のジェットをもとに銀河中心部を調べてきた。
ドイツ・ボンのマックス・プランク電波天文学研究所(MPIfR)のシルケ・ブリッツェン氏が率いるチームは、過去の電波画像を調べ直し、既知のジェットとは反対側に、画像ごとに位置を変えながら中心部を回り込むように見える、淡いジェット状の構造を見つけた。既知のジェットとは違う場所に淡く現れるため、これまで見過ごされてきたとみられる。
12年分の電波観測スナップショット
この構造が画像のノイズではなく実在するかを確かめるため、研究チームは2011年9月から2023年7月にかけて取得された、超長基線電波干渉計(VLBA)による43ギガヘルツの観測83エポック分を再解析した。VLBAは米国各地の電波望遠鏡群をまとめて運用し、一台の超高解像度望遠鏡のように機能させる手法だ。さらに、より古い15ギガヘルツ・8ギガヘルツのデータとも比較し、観測の歴史をさかのぼって検証した。
83回分の画像を通して見ると、この2本目の構造は位置を変えながら繰り返し現れ、中心部の周りを回り込むように動いているように見えた。これとは別に、銀河中心核の明るさも周期的に上下していた。どちらの振る舞いも、単純な一本の安定したジェットでは説明しにくい。もう一つの大質量天体が最初のブラックホールの周りを公転し、周囲の物質の流れを周期的に乱していると考えると、説明がつきやすくなる。
2022年の画像に写った、部分的な光の輪
2022年6月24日に撮影された1枚の画像は、とりわけ興味深い手がかりとなった。中心核の周囲に部分的なリング状の構造が写っていたのだ。研究チームはこれを「アインシュタインリング」の可能性があると解釈している。アインシュタインリングとは、背景の光が手前の大質量天体の重力で円状に曲げられて生じる現象だ。2本目のジェットからの光が、2つのブラックホールがほぼ同じ視線方向に並んだ際に、主役のブラックホールの重力で一時的に曲げられたのではないか、という説明が提案されている。
研究チームはこのリングを、確定的な証拠ではなく仮説を補強する材料として扱っている。地球から見て2つの候補ブラックホールはあまりに近接しているため、イベント・ホライズン・テレスコープを含む現在のどの望遠鏡も、両者を分離した2つの点として見分けることはできていない。
4か月の公転周期、まだ確定ではない
2つの手がかりは似た短い周期を示すが、完全には一致しない。2本目の構造が似た位置に戻ったタイミングからは約146日(誤差プラスマイナス22日)、中心核の明るさの変化からはより短い約121日という周期が得られたが、研究チームは後者について確実性は低いとしている。論文はこの約121日を暫定的な公転周期として採用しつつ、2つの測定値が完全には一致していないことも明記している。
2つの超巨大ブラックホールがわずか4か月で公転を一周するには、両者が途方もなく接近している必要がある。研究チームは、質量がほぼ等しいと仮定した場合、両者の距離はシュヴァルツシルト半径(事象の地平面の大きさに相当する指標)の27〜128倍程度と見積もる。それぞれの質量を太陽の1億〜10億倍と仮定した場合の数値だ。マックス・プランク電波天文学研究所自身の発表では、これを身近な単位でおよそ地球ー太陽間の250〜540倍と表現している(想定する質量によって変わる)。
これほど巨大な天体にしては驚くほど小さな間隔だ。多くの銀河には過去の銀河衝突で生じたブラックホールのペアが残され、数百万年かけて互いに近づくと考えられているが、最後にどう距離を詰めるのかを理論でうまく説明できず、「ファイナル・パーセク問題」と呼ばれる長年の謎になっている。今回の接近が確認されれば、その最終段階を示す貴重な具体例になる。
最短約100年後の合体、その条件とは
この接近距離をもとに、研究チームは、質量や質量比についてある仮定を置いた場合、連星の軌道が縮んで最短およそ100年で合体しうると見積もる。これは確定した秒読みではなくモデル依存の推定値で、実際の質量が推定範囲の重い側に近ければ、合体までの時間はかなり長くなる。
研究チーム自身、この結果全体を確定事実ではなく一つの解釈として慎重に位置づけている。論文の表現は一貫して「〜のようだ」「〜と矛盾しない」「〜の可能性が高い」といった言い回しで、「証明された」とは書かれていない。121日と146日という周期推定値の食い違いも解消されていない。直接観測されているのは2本目のジェット状構造とその位置変化、明るさの周期変動、一度だけ写った光の輪であり、「連星が公転している」という描像は、それらを最もうまく説明できると研究チームが考えた解釈にあたる。
見届けるのは合体か、それとも接近の過程か
連星という解釈が確認されれば、マルカリアン501は重力波観測の重要な標的になる。2つの超巨大ブラックホールが近づく過程では、極めて低い周波数の重力波が放出されると予想される。LIGOのような地上の検出器には遅すぎて捉えられないが、高速自転する中性子星「パルサー」からの規則正しい電波パルスのタイミングのずれを追う「パルサー・タイミング・アレイ(PTA)」という手法なら検出できる可能性がある。
2023年には欧州パルサー・タイミング・アレイをはじめとする複数のPTA観測チームが、重力波による「背景雑音」の存在を示す証拠を初めて報告した。これは宇宙に無数に存在するブラックホールのペアからの信号が混ざり合って生じていると考えられている。マルカリアン501のような、性質がよくわかったペアを一つ特定できれば、個別の発生源を見分ける手がかりになりうるが、それは容易な作業ではない。
「2つの巨大な天体が合体へとらせん状に近づいていく中で、重力波の周波数が着実に上がっていく様子を見られるかもしれません。超巨大ブラックホールの合体が進んでいく過程を目撃できる、またとない機会です」と、共著者のヘクトール・オリバレス氏は述べている。
この可能性こそが、今回の発見を遠い一つの銀河の興味深い話以上のものにしている。超巨大ブラックホールの合体は宇宙の歴史を通じてありふれた現象と考えられているが、これほど最終段階に近く性質がよくわかった候補を、研究者たちはこれまで手にしたことがなかった。マルカリアン501のペアが実在するかはまだ確定していないが、それを探る試みはすでに、ジェットや明るさ、重力波信号の可能性を数年〜数十年という人間の時間スケールで追跡する動きにつながっている。
Xsciens編集部の読み解き
この記事の主役は「合体まで100年」という見出しの数字より、「見つかった構造が連星以外で説明できないか」という検証の過程にあります。
- 観測されたことと解釈を分けて読む。直接観測されているのは、2本目のジェット状構造の位置変化、中心核の明るさの周期的な変動、2022年6月24日の画像に写った部分的なリング状の構造の3点です。「連星が公転している」という描像は、それらを説明するための解釈にあたります。
- 数字の確からしさに差がある。周期は、構造の再出現から約146日(誤差プラスマイナス22日)、明るさの変化から約121日と、2つの推定が食い違っています。「最短約100年で合体」も、質量などの仮定に依存するモデル上の推定値で、質量が重い側なら合体までの時間はかなり長くなります。
- 次に注目したい点。追加の電波観測で周期が一つの値に収束するか、そしてパルサー・タイミング・アレイによる低周波の重力波の探索で、個別の発生源として手がかりが得られるかどうかです。
この読み解きの参考: 原論文(MNRAS, DOI)、マックス・プランク電波天文学研究所 プレスリリース
出典: マックス・プランク協会、マックス・プランク電波天文学研究所、Britzen et al. 2026, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
