- およそ4人に1人が持っているとされる「アルツハイマー病になりやすい体質」の正体が、脳の血管レベルで初めて突き止められた。
- この体質は「APOE4」と呼ばれる遺伝子のタイプで、生まれつき決まっており、食生活や生活習慣のせいではない。
- 米国の研究チームが調べたところ、APOE4を持つ人は、脳の血管を守っている細胞が「傷跡を作る細胞」に変わってしまい、血管が硬くなったり詰まりやすくなったりすることがわかった。
- さらに研究チームは、実験の中でこの変化にブレーキをかける方法を見つけ、一部を元の状態に戻すことにも成功した。
- まだ培養した細胞や動物を使った実験の段階だが、「生まれつきの体質だから仕方ない」ではなく、薬で進行を抑えたり戻したりできる可能性が見えてきたことになる。
長年疑われてきた遺伝子に、具体的な仕組みが見つかった
APOE4とアルツハイマー病の関連は、1993年の画期的な研究以来知られてきた。その後の研究では、アミロイドβというたんぱく質の代謝・除去や、脂質の取り扱い、炎症反応など、複数の過程にAPOE4が関わっていることが示されてきた。一方で、APOE4を持つ人に脳血管の異常がしばしば見られることは以前から知られていたものの、なぜ血管が傷つくのかという具体的な仕組みは、はっきりしていなかった。2026年9月24日に学術誌Cellに発表された論文で、マウントサイナイのジョエル・W・ブランチャード博士らのチームは、ヒトの脳組織・実験室で作製したヒト脳モデル・マウスの3種類の証拠を組み合わせ、血管の損傷を特定の「細胞の性質変化」に結びつけた。
支持細胞が「傷跡を作る細胞」に変わる仕組み
脳の細い血管は、ペリサイト(周皮細胞)と呼ばれる細胞に包まれている。ペリサイトは血管壁を安定させ、血液脳関門を維持する役割を担う。マウントサイナイのチームは、APOE4がこのペリサイトの一部を「筋線維芽細胞様」の状態に変化させることを発見した。筋線維芽細胞とは、肝臓や肺の線維化に関わる、傷跡を作る細胞のことだ。より多くのペリサイトがこの状態に変化すると、フィブロネクチンなどの細胞外マトリックス(細胞の周囲を埋める足場状の物質)が蓄積する「血管線維化」が進み、血管の周囲にアミロイドたんぱく質が蓄積しやすくなる。マウントサイナイ自身の発表文では、こうした変化は「血流を損なう可能性がある」と、やや慎重な表現で説明されている。人の体内で血流が実際にどの程度妨げられるかという因果関係までは、今回の研究で直接示されたわけではないためだ。
マウスだけでなく、ヒトの脳組織から導かれた結論
この研究の注目すべき点は、ヒトの生物学的データに強く根ざしていることだ。研究チームはまず、ヒトの脳血管について単一細胞レベルの遺伝子発現アトラスを作成した。さらに、ヒトのiPS細胞から作られた立体的な脳組織モデル「miBrain」(血管細胞を含む複数の脳細胞種を持つ、実験室で作られたモデル)と、死後のヒト脳組織を調べたところ、両方でペリサイトから筋線維芽細胞様細胞への変化が確認された。同じ仕組みは高齢のAPOE4マウスでも調べられた。変化を実験的に戻せることを最も明確に示したのはmiBrainで、TGF-βのシグナル伝達を阻害すると、ペリサイトの被覆が回復し、線維化と血管アミロイドの蓄積が減少した。マウスだけに頼るのではなく、ヒトの組織データとヒト細胞モデル、動物モデルを組み合わせたことで、この仕組みが実際の人の病気に関与している可能性を支持する材料が増えたと言える。ただし、これもあくまでモデルによる証拠であり、生きた人間の患者で直接示されたものではない点には注意が必要だ。
もう一つの発見――コレステロールが脳の「清掃システム」を詰まらせる
同じ研究グループによる関連論文も、2026年8月24日に学術誌Cell Stem Cellでオンライン公開された。こちらは別の脳細胞における、関連する問題を報告している。研究チームは、APOE4が星状膠細胞(アストロサイト)の中にコレステロールを蓄積させることを発見した。アストロサイトは、エンドリソソーム系と呼ばれる細胞内のリサイクル・分解の仕組みを通じて、老廃物の除去に関わる支持細胞だ。このコレステロールの蓄積により、アストロサイトがαシヌクレインというたんぱく質を処理する能力が低下していた。αシヌクレインは、パーキンソン病やレビー小体型認知症で中心的な役割を果たす毒性の凝集体を形成するたんぱく質で、一部のアルツハイマー病の症例では併発する病変としても見られる。この2本の論文を合わせると、APOE4が神経変性疾患に関わりうる、細胞レベルで異なる2つの経路が示されたことになる。ただし、これらがAPOE4の影響のすべてだと論文が主張しているわけではない。
TGF-β(トランスフォーミング増殖因子ベータ)のシグナル伝達を阻害すると、実験モデルでは「ペリサイトの被覆が回復し、線維化と血管アミロイドの両方が減少した」――これは、APOE4に伴う血管の異常の少なくとも一部が、必ずしも不可逆ではないことを示す証拠だ。
「モデルの中で元に戻せた」ことこそが本当の意味での見出し
マウントサイナイの発見の中で最も重要なのは、損傷そのものよりも、その一部を実験的に元に戻せたという点だ。ペリサイトが筋線維芽細胞様の状態に変化する過程は、TGF-βと呼ばれるシグナル伝達経路によって駆動されている。研究チームが実験モデルでTGF-βのシグナル伝達を阻害したところ、ペリサイトは傷跡を作る細胞への変化を止め、血管線維化と血管周囲のアミロイド蓄積の両方が減少した。これにより、研究者たちはさらに検証すべき具体的な標的を手にしたことになる。TGF-βのシグナル伝達、そして関連論文で示された脂質代謝やエンドリソソーム経路は、今後、アルツハイマー病やαシヌクレイン病理を伴う神経変性疾患の研究で検証すべき経路を示す、有力な手がかりになる可能性がある。これは、すでに蓄積してしまったアミロイドを後から取り除こうとするアプローチとは異なる方向性だ。
APOE4を持つ人にとって、この研究が意味すること
今回の発見は治療法そのものではなく、損傷の回復が示されたのも細胞・動物モデルの段階にとどまる。実際の患者に届く薬になるには、これから何年もの検証が必要だ。とはいえ、この研究はAPOE4の意味づけを変えるものだと言える。この遺伝子型を持つことは、病気を保証するものでも、アルツハイマー病の「オン・オフ」を決めるスイッチのようなものでもない。むしろ、今回見つかったペリサイトの変化のように、複数の生物学的な過程をわずかに病気の方向へ傾けるものだ。およそ4人に1人がAPOE4を持つとされる中で、この研究の意味は、APOE4を単なる「リスクの指標」としてだけでなく、将来の研究で検証できる具体的な細胞・分子の仕組みとして捉えるための手がかりを示した点にある。
出典: Mount Sinai Newsroom、Cell誌論文、Cell Stem Cell誌論文、米国立老化研究所(NIA)
論文情報:Schuldt, B. R. ら, “A pericyte-to-myofibroblast transition links APOE4 to cerebrovascular degeneration”, Cell (2026)。Mesentier-Louro, L. ら, “Cholesterol dysregulation in APOE4 astrocytes promotes α-synuclein pathology in miBrains”, Cell Stem Cell (2026)

